1930年(昭和5年)から35年にかけて、東方文化学院による中国大陸の文物調査が関野貞とその助手竹島卓一をはじめとするチームによって行われた。調査写真の原板は東京大学東洋文化研究所が所蔵するところであり、『遼金の建築と其仏像』や『中国文化史蹟』に結実する歴史的な画像資料である。
東京国立博物館(以下「東博」)は、2012年度に竹島卓一の遺族から、竹島が保管整理していた当該調査の焼付写真約4400枚の寄贈を受けた。これらには東洋文化研究所所蔵の写真だけでなく、調査後東方文化学院に納入されず竹島の手元に留められた写真や、この調査に先行する大正期の関野貞の調査写真を含んでいる。また、竹島は焼付写真を台紙貼りにして自ら分類整理し、さまざまな注記を書き込んでいる。これらの注記は、一連の写真の撮影の来歴や当時の文物の保存状況を検討するための、調査の当事者によるきわめて貴重な一次情報である。
本研究においては、東博保管に帰した写真と、東洋文化研究所所蔵の写真とを詳細に比較調査することによって、調査自体の経緯、被写体の文物に関する情報を取得、広く公開可能な形に整理する。
地政学的変化は、社会科学の再編成を惹起する。冷戦体制のもとで近代化研究が進み、日本の高度成長によって日本研究から多くの魅力的概念が提示されたように、中国の大国化はさまざまな社会科学的な研究テーマを生み出し、新たな秩序形成の過程で新たな概念や分析枠組み、理論が作られつつある。中国モデルや北京コンセンサス論などは、その代表的なケースだが、政経分離を前提に日本や台湾との交流強化をめざす中国の姿は、新しい研究課題群を生み出しつつある。
台湾では「台商研究」と呼ばれる研究群が生まれ、中国大陸に渡った台湾人に関する総合的な研究がなされつつある。日本でも、ビジネスや留学、観光を通じた人的交流が盛んになっていることをベースにした研究群が生まれているが、その際、必ずしも比較研究が十全に行われているわけではない。1990 年代以降、中国への投資を加速化させている韓国や、アジアから少し距離を置いているドイツなどとの比較は、中国台頭のチャンスとリスクをどう見積もり、経済的にどのような関係を構築しようとしているかを考える、きわめて魅力的な研究テーマとなっている。
東洋文化研究所は、中央研究院社会学研究所と4年にわたる研究交流を続けてきたが、従来の共同ワークショップの共催から、より焦点をもった共同研究へとシフトし、中国との人的移動をめぐる国際共同研究を本格始動させたい。その成果は、所内でのワークショップや国際学会などで紹介されることになる。
本研究では宮内庁書陵部に収蔵する「図書寮文庫」中の漢籍を対象とし、日本伝来漢籍(以下「日本漢籍」と簡称)を要素とする蔵書群の形成と変転の過程を確かめ、蔵書研究の視点に立って、個別の伝本の文化史的意義を捉え直し、日本文化形成に対する日本漢籍の寄与を明らかにする。
図書寮文庫は、書陵部収蔵資料中の、公文書を除いた図書群であり、従来書陵部本と称する範囲にほぼ等しい。その中には公武の伝世資料を含み、特に江戸幕府紅葉山文庫本から明治期に抜き出された善本群には、中世以来の金沢文庫本、東福寺普門院蔵書といった、日本漢籍史上、最重要の蔵書に由来する資料を含む他、近世の江戸幕府や、高知山内家、徳山毛利家、佐伯毛利家等の好学の大名、幕府儒官の古賀家献納資料に、御所や宮家、公家の伝本をも加え、日本漢籍史の屋台骨と見るべき、複合的蔵書群である。
図書寮文庫本の書誌学的研究は目録解題の整備を中心に行われてきたが、1953年に刊行された『和漢図書分類目録』より68年を経て、各方面の研究も進捗し、内外の資料との比較研究の便宜は格段に向上した。そこでこの度は、伝本に対する基礎認識の再検討から始め、伝来過程とその脈絡に重点を置いた調査を加え、蔵書史という視座から、その意義を文化史的に総合することを課題とする。
東洋学、さらには人文学における非文献リポジトリ開発のモデルケースとして、仏教美術を中心としたチベット美術の情報プラットフォームの整備と公開を行う。わが国の諸研究機関に所蔵されているチベット美術の画像データを整理・統合し、インターネット上で公開するための統一的フォーマットを開発する。チベット美術の主要なジャンルである絵画、彫刻、工芸、壁画、建築などに関する画像データを中心に、作品そのものの基礎的情報、関連するテキストの文字情報、書誌情報、地理的情報などをリンクさせ、全体を一元的に扱う情報プラットフォームを構築し、非文献リポジトリの国際的な標準としての普及をはかる。図像資料を中心に仏教学、美術史、建築史学、民俗学、宗教学、歴史学などのさまざまな分野の成果を統合することで、総合的なチベット仏教美術の研究基盤を確立させるとともに、人文科学における情報の整理、統合、発信にかかわる基本的なモデルを提供する。さらに、国内の大学に附置されているインド学仏教学関係の研究機関を横断的に連携させることで、それぞれが所有する貴重な研究資料やデータの共有と有効な活用、設備・備品の効果的な導入、人材の活用や合理化を進め、さまざまな分野での連携・活性化を将来的に可能とする。