若手研究者養成への貢献

若手研究者の育成については、以下の3つのルート・方法を通じて行う。 

(1)アジア社会学コンソーシアムによるセミナーへの参加

同コンソーシアムは、「研究者にセミナーを開催してもらう作業を積み重ねることで、若手研究者に知的刺激を与える機会を設けたい」 http://www.asnet.dir.u-tokyo.ac.jp/node/6720 との趣旨から、2009年7月から、日本側コーディネーターが東京大学東洋文化研究所東洋学研究情報センターから受けている基盤構築費を講師謝金の原資とし、同センターを拠点に試験的に始められた。予算の関係から、報告者はたまたま東京大学を訪問しているアジアの社会学研究者に限られているが、彼らの刺激的な報告を聞き、討論に参加するだけでも、アジアで生じている様々な変化を理解し、アジアを比較社会学的視点から研究することへの関心が喚起されるはずである。 
  実際、日本側コーディネーターは、早稲田大学に勤務していた2005年から2009年にかけて、「文化のグローバル化とアジア」という大学院生を対象にした授業の中で、本申請課題でも海外協力者になっている蕭新煌や呂大樂、Dennis McNamara(ジョージタウン大学)、Theodore Bestor(ハーバード大学)など、アジアを対象にした比較社会学研究者にスピーチをしてもらったが、聴講した学生からは後に本格的にアジア比較を志す研究者が生まれた。このように、セミナーの積み上げ効果は大きい。

(2)アジア比較社会共同研究会への参加、及びそこでの報告

[研究交流計画の概要]でも述べたように、このセミナーは2014年の世界社会学会議・横浜大会での「東アジアの社会学」と題するセッションの立ち上げを目指し、アジア各地の社会学の発展を比較の視点から眺めることを目的とする。セミナーでは、招待講演とともに若手研究者の研究報告を call for papers の形式で求め、毎回2名を限度に日本の若手研究者の参加を募る。報告を許された若手研究者は、論文作成の過程ばかりか、報告会でのやり取り、他の研究者による報告から新しい研究を進める知的刺激を得ることになる。

(3)アジア・バロメーター共同研究会への参加、及びそこでの報告

日本側コーディネーターは、2000年から「海外ゼミ」と称し、学部生を対象にアジア間比較をテーマに、質問票の設計からデータ収集、最終報告の作成までを行わせ、社会学的ツールの習得とアジア理解を組み合わせた教育活動を実施してきた。その過程で多くの研究成果が上がり、その一部は『中央公論』や『朝日新聞』で紹介されるまでになったが、こうした作業を毎年行うのは教員にとって過重な負担となるばかりか、どうしてもデータ収集がメインの作業となり、その分析・解釈は二の次となりやすい。しかも学生が全国規模でデータ収集を行うのはむずかしいため、2008年の「海外ゼミ」では、グローバルCOEプログラム「アジア地域統合のための世界的人材育成拠点」が行ったアジア学生調査のデータを共有し、復旦大学や高麗大学、国立シンガポール大学の研究者や学生と共同で、分析結果の報告会を実施した。

もっとも、データセットをもっているからといって、共同研究会が簡単に組織できるわけではない。日本国内でもそうだが、アジアの諸地域に関心をもつ若手研究者が統計分析手法を持ちあわせていなかったり、逆に統計は使いこなせるものの、アジアの諸事情に疎いために分析のための手がかりをもたない―あるいは分析できたとしても解釈のための糸口を見出し得ない―若手研究者も少なくないからである。また、データセットが作られた背景や質問の意図などが説明されないことには、プロの研究者でも二次データを利用するのはむずかしい。

そこで、日本側コーディネーターが大学院情報学環・アジア情報社会コースで開講しているIntroduction to Social Researchの授業(講義と演習)を利用し、受講生たちにアジア・バロメーターのデータを使って論文を作成する技術・手法を授け、データ利用がしやすくなるよう便宜を図る。同時に、東洋文化研究所東洋学研究情報センターが主催して、毎年夏にアジア・バロメーターを利用した論文作成に関するワークショップを開くことで、東京大学以外の若手研究者もデータ利用をしやすくなる制度的な工夫をする。他方で、海外の協力者をも巻き込みアジアの広い範囲で若手研究者を動員する必要がある。

本申請課題における海外の拠点機関は、すべて優秀な若手研究者を育成しているが、その中核的メンバーとなっている研究者にもアジア・バロメーターを利用してもらい、そこから得られた知見を各拠点で報告してもらうことで、若手研究者の発掘をしてもらう。そして、彼らにも共同研究会で報告してもらうことで、日本の若手研究者も大きな刺激となる。統計の使い方や効果的なプレゼンテーションの仕方といった、技術的なレベルでの刺激だけではない。先行研究の利用の仕方やデータ分析の解釈の流儀、新しい知見の導き方など、社会学研究の本質的な部分での刺激が多く受けられるのであって、上述の2008年の「海外ゼミ」では、こうした共同研究会の教育効果について参加した研究者の間で広く意見の一致をみた。

共同研究会できわめて優秀だと認められた論文に関しては専門雑誌への掲載をサポートするなど、海外と連携しながらアジア比較社会研究の若手研究者を育成したい。