CASニューズレターNo.110(July 2001)より転載 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
北京餐庁情報:見聞き驚き食べ歩き(2) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
山本 英史 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
U 北京餐庁情報初編(1994年) -- 1 -- 北京に滞在すること百日あまりでこれを書くことに多少気がひけるものの,その割には精力的に回った北京の餐庁情報をまとめてみた。もちろんこれは個人的な体験と価値観に基づいており,誤解と偏見を免れない。したがって市販のガイドブック同様,これを信用するか否かは読者の慧眼による。素直に信じて「被害」を受けたとしてもそれは筆者の責任ではないことをはじめにお断りしておく。 -- 2 -- まず,最も身近な北京大学勺園留学生食堂から始めよう。大方の留学生にとって一番お世話になっているだけにその評価はなかなかに厳しい。しかし,筆者はかなり評価している。かつてのように食堂のお兄さんやお姉さんも留学生を動物のようには扱わなくなったし,慣れない留学生が食券を出すのにぐずぐずしても額に青筋を立てるだけでじっと我慢してくれている。有り難いことである。西餐も最近では西洋風中華料理から中華風西洋料理に変わりつつある。有り難いことである。それはそうと,隣のオーダー方式のテーブルで注文する料理は同じコックが作っているのであろうか。同じだとするときっと火力ではなく気力が違うのだと思えてならない。
留学生食堂で朝昼晩と3日食べ続ければ仙人になれるといわれるように,誰もそのような苦業はできない。そこでついつい外食の誘惑に駆られる。もっとも安上がりに済ませようとすれば北京大学構内には他にいろんな食堂がある。雅園はおネエさんの愛想でもっている店。一応洋食があるというが,餃子を食べるのが無難であろう。ちょっと行かないと「あら御無沙汰ね」と非難する。浮気症には向いていない。 比較的よく利用されるのが薬膳。安い,旨い,愛想がよいの3拍子そろっている。薬膳とはいえ,普通の広東系の料理を出す。確かにメニューには料理の効能が書かれている。スブタがからだによいとは知らなかった【1】。佟園はイスラム教徒の食堂。味はよいと思う。昼間は漢族の人たちも含めた職員食堂のようになっており,忙しくてなかなか注文を取りに来ないのが難点である。北招餐庁も薬膳同様3拍子そろっている。勺園から遠いのが珠に傷,あまりに遠いので冬場だと遭難する可能性もある。そのほか培訓餐庁とかいろいろあるようだが行っていないのでわからない。
「中華はもうイヤ」という人のための料理屋が構内に2軒ある。1軒はご存知日本料理の友愛亭。留学生だった人が始めた個人経営のハシリのような店。ある日本人学者が「北大に友愛亭があって本当によかった」と涙を流したほどの店である。それほどまででないにしても確かに美味しい。小姐(ウエートレス)たちも「少数」でしかも精鋭である。老板(オーナー)も他の中国人個体経営主と違ってしっかり働いているところがよい。なお,この店のプリンアラモードは「プリンあらどーも」だそうである。 もう1軒は朝鮮焼肉屋(名称未詳)。北朝鮮系の人が始めたそうだが,勺園の前に不気味に明るい建物が見える。小姐は吉林出身者で固めており,感じもよい。コンパ用の小さな畳部屋があるのがニクい。欠点は肉の焼き方が拙いこと。どういうわけか肉がすぐ炭になってしまう。牛肉よりも油の多い豚肉の方がましである。 -- 3 -- さて,校外に出てみよう。東門にはカレー屋とか日本料理屋とか最近いろいろな店ができたようであるが天潤以外を知らない。この店は某先生が優待券をもらうほど通っておられる広東料理の店。惜しいかな,いつも店員の数の方が客を上回る。つぶれるか,はたまた某先生の経済支援が続くか,今後の情勢は予断を許さない。 西門にもいくつかあるがまだ入店の機会を得ていない。音羽寿司の前を通ったことがある。日本に留学経験のある人が始めた日本料理屋で,寿司が信用できない人には他にもいろいろあるとのことである。暢春園飯店の中にある香茘湾酒家という広東料理屋に入ったことがある。味の割に高いのであまりお勧めできない。 一番店が集まっているのは西南門を出たところの海淀地区。出るとすぐあるのが長城を模したモダンな建物の小長城酒家。最近開店したばかりで,間口に比べて奥行がある。味は北京系の辛くしょっぱいのが特徴。関西人のS氏いわく「あそこはまずい」。それからこの店に行っていないから恐ろしい。右に行くと太陽村酒楼がある。1階は小吃(点心),2階は本格的な広東料理を出す店。開店したばかりの時はきれいな店だったが,最近ややボロボロになってきた感じがする。とくに1階を火鍋(中国式唐辛子鍋)専門にしてからものの見事に客が入らなくなった。小姐の昔の微笑みはどこに行ってしまったのであろう。 と,感傷に浸ってないで次に行こう。道路を渡ったところに東来順飯荘海淀分店がある。本店はかの有名な王府井にある涮羊肉の店。内モンゴルの羊の特別柔らかいところしか扱わないといわれ,北京の数ある店の中で筆頭に挙げられている。で,分店はというと本店ほどの重厚さもなく,肉の質も少し落ちると思われるが,1人40元もあれば十分に満足できる【2】。この店の点心,愛窩窩(アイオーオー)という,形が鳥の巣に似た餡入り餅菓子は某先生ご推奨のシロモノ。本店は目下修復中。王府井大街に臨時店舗を出している。そこではタレがいくつもあり,好きなようにブレンドできるというのが海淀分店と異なるところであるが,料金も2倍はする。最近海淀分店の近くに喜洋洋というライバルが開店したが,どこまで対抗できるかが見ものである。 海淀図書城の方に入っていくと怪しげな小さな店が多くある。昨年の夏にその内の1軒に入って冷えたビールを注文したところ,本当に「氷」であったため,それが溶けるまでオヤジの自慢話を1時間以上も聞かされたことがあった。懐かしくて今年また行ってみたが既になくなっていた。 もう少し奥に行くとまともな店が多い。西安牛羊肉泡馍店は庶民向けイスラム料理店。店の前で結構美味しそうなものを売っている。向かいの建物の2階に日本料理の夢路餐庁がある。店長は日本人,従業員はオール中国人で構成されているが,味は本物に近い。従業員がキュウリのキューちゃんをどこからか大量に購入してきた。ここにその秘密があったのか。すぐ近くには24時間経営の北京牛肉面大王がある。なぜ豚肉面大王はないのだろうか。「面」は「麺」のことだが,同じ面でも豚の方が醜いからか【3】。 その隣に波士頓西餐庁と漢江酒楼が入った建物がある。前者はステーキ専門店のようであるが,ハワイアンカレーとかハンバーグとか手頃な値段で食べられる。後者は韓国系の焼肉店。開店したばかりの時はチマチョゴリを着た小姐が客引きをやっており,ひときわ目立ったが,最近は寒くなったのか,あるいは人手が足りなくなったのか,奥に引っ込んでしまった。客扱いは丁寧だし味もよい。しかし高い。帰国間際にお金が余ってしまい使い道に困るなら行ってみよう。 デパートの隣に鴻賓楼飯荘というちょっと豪華なモンゴル料理屋がある。西長安街にある老舗の分店であり,海淀地区ではもっとも大きくてきれいな店である。露店のシシカバブにいまいち抵抗がある人もこの店ならば安心して食べられる。お任せ料理はなかなかとのことである。黄庄に向かって露店市場をぬけて行くと,そこには知る人ぞ知る金剛山がある。朝鮮焼肉の店であるが,同じだけ食べて漢江酒楼の10分の1で済む。といっても,中国滞在上級者向けの店であろう。もちろん調理場は絶対に見ない方がよい。 -- 4 -- 今度は西南門を左に行ってみよう。寺なのか銀行なのかわからない建物が長征飯荘である。今時こういう名前の店は珍しいから,きっと昔からあるのだろう。味は典型的な北京昧。後からのどが乾くがビールで中和すれば大丈夫。包子は間違っても1人で注文しない方がよいだろう。その建物に寄生しているのが天下の全聚徳北京烤鴨店。まだこの店には行く機会を得ていない。 東に進むと最近開店したばかりのホテル中関村酒店の中に入っているいくつか餐庁がある。カリフォルニアのロブスターなどの海鮮を食べさせる店や本格的日本料理屋の和徳があるが,なぜか行く気がしない。ついその隣の美国加州牛肉面大王に足が行ってしまう。それにしてもどこがいったい「美国加州(アメリカ,カリフォルニア)」なのか,一度尋ねてみたいものである。もっと行くと妙香山酒家がある。北朝鮮系の店とのことであり,値段は安い。夜は派手なネオンに輝いている。ネオンは七難を隠す。必勝客はピザの店。日本でもしこの店が競馬場の近くにあったらキット人気が出ると思われるが,広東語で発音すると「ビザハット」に近くなるそうだ。 道を渡ってもう少し南に降ると有名な中関村電脳公司が集まっている所に着く。このあたりは餐庁が少ない。飯よりもパソコンの方が儲かるらしい。その中でひときわ大きい餐庁が2つある。1つは頤賓楼飯荘。中には入ると相当規模が大きいことを初めて感じる広東料理店である。ご多分に洩れず昼間から白酒で乾杯する公費天国の餐庁であることはやむをえないか。もう1つは香港美食城海淀分店。お金の力は海淀にいろいろな有名な店を引っばってくる。職業柄しょっちゅう宴会をやる某大学の広東出身の先生に北京で一番美味しい広東料理の店はどこかと伺ったところ迷わずこの店の名前を挙げた。どこの世界でも良い店は公費でもっている。 -- 5 -- ずっと南に降って人民大学の附近に行くといろいろな店がある。「人民大学」という停留所はまもなく「双安商場」に乗っ取られるであろうと思われるはど最近誕生した大規模なデパートの勢いはすごい。その反対側の場所に比較的新しい餐庁が3軒ある。1つは新雅。この名前は上海にある有名な広東料理店を思わせるが,どうもそうではないらしい。では何なのであろう。その隣に1人で気楽に入れる半畝園がある。寒い時にはソバが美味しいが,揚げた大きめのまんじゅうからジューシーな肉アンが出てくる点心もなかなかによい。奥に福元大酒楼という店がある。名前ほど大げさな店ではないが,とてもきれいで,小姐も感じがよい。お目当ては中国では珍しい焼餃子。といっても,「わしゃくえん(ワッ勺園)」のようなカンカチではなく日本のものに近い。ビールによく合う。 北二環路を渡ると国営燕興飯荘がある。「国営」というと「国鉄」を連想する日本人から見ればそんな冠はない方がよいと思うが,結構賑わっている。ただし,小姐たちは確かに「国営」といった感じがする。友誼賓館には高くて美味しい餐庁がたくさんある。その中では友誼宮の四川料理店と江蘇料理店がともに勧められる。同じホテルであるが人民大学招待所餐庁はマニア向きである。三得利酒家も決してサントリーバーにあらず,招待所にひけをとらない。 魏公村には特色のある餐庁が多い。そのなかでも特にお勧めは月亮山奏である。魏公村のバス亭を少し戻ると市場があり,その中を進んで行くと少し不安になる。そんな時,この店が急に現れる。さながら地獄で仏に遭ったようなものである。苗族衣裳に身を包んだ小姐たちが北京語の乾ききった表現にはない優しさで応接してくれる。味はどれも美味しい。特に香肉(シアンロウ)(犬肉)と米酒(ミイチュー)は最高である。その向かいには啤酒屋というバーがある。これもお勧めの店である。同じ向かいでも極めて特徴的なのが,かとうやという日本料理屋である。もちろん通常のガイドブックには載っていない。戦前の店を彷彿させる感がある。中を覗くとメニューが日本語で書いてある。サラダなど大丈夫かと思うが,客は入っていない。それなりにその地区では有名な店らしいが,一度客が食べているのをこの目で見てみたい。 北京図書館【4】に向かって道路の右側にはいくつか餐庁がある。断っておくが,私は虱つぶしに飯を食っているわけではない。民族歌舞美食城など老板がいかにも成金資本家という店にはなるべく入らないようにしているが,この間まちがって入ったのに京広大酒店という店がある。前を通ると従業員がいかにも暇そうで,それに同情したのがいけなかった。なるほど壁には老板が張芸謀や鞏利と一緒に撮った写真が飾られている【5】。入口には何台かベンツがとまっているではないか。広東風海老茶餃子は大変美味しかったが,昼飯に70元も取られてしまった。北京図書館に行くついでの昼飯くらいだったら図書館の中にある盒飯(弁当)でよい。4,5元で事が足りてしまう。百歩譲って香妃烤鶏快餐店か台湾牛肉面大王というところが無難である。 -- 6 -- ところで,夕方仕事を終えて北京図書館の門を出ると,実にタイミングよく小コン(乗合マイクロバス)が「トンタンシイタンムシディ,ワンフウチンシャンバ」(東単,西単,木樨地,王府井,乗りなはれ)と近寄って来る。そんな時うっかり衝動的にそれに乗ってはならない。北京の盛り場はあなたの財布を軽くすることに協力を惜しまない。 というわけでその他財布を軽くした餐庁一覧を以下に掲げる。
補 注
補 記 筆者は北京大学訪問研究員として1994年9月から翌年3月まで約半年間北京に滞在した。宿舎は北京大学勺園5号楼であった。本稿は1994年11月において滞在3カ月を経過した時の体験を餐庁中心に綴ったものである。
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