アジアの工芸については、漢籍の研究の一環として伝統工芸の現場がフィールドワークされたこともあったが、今日では学術的に研究されることが比較的少なく、特に人類学においてはそうである。本研究は、アジアにおいて工芸の人類学を構想するための基礎研究を行おうとするものである。まず、本研究では、実際上工芸の技術や歴史においてつながりのあるアジアの島嶋部からオセアニアまでを含めたアジアの工芸の人類学を構成する具体的な研究分野の総覧をつくることを課題とする。これは、個別の地域における研究のあり方を参考にした地域個別性を踏まえていなくてはならないが、同時にアジア諸地域間の比較対象に耐える枠組みであることが必要である。こうした個別性と地域性(個別性)を踏まえた枠組みをもった工芸の人類学を構想することは、変転の激しいアジアにおける工芸のあり方、ほかでもない、その背後にある生活文化の変化のあり方を記述、分析する方途を開発することになるのである。さらに、今日のグローパル化のもたらす大きな変化、アジア全域における人口の流動化、観光化とその影響などの外因をもよく検討するものでなくてはならない。こうした外部的な社会的・経済的文脈の変化は、工芸にとっても、また工芸の生産、流通、消費に関わる社会にとっても、枢要な意味をもつことは言うまでもないからである。
2008年、世界的に米価が急騰し、国際米市場は大きく混乱した。その背景としては、原油価格の上昇、地球温暖化による気候変動、バイオエネルギー用穀物栽培の拡大による食用穀物の不足など、長期的な要因があった。しかし、直接的には、主要米輸出国であるインドやベトナムが、天候不順やコメの国内流通の問題等により、米の輸出を規制し、これが、混乱の引き金となった。他方、フィリピンやエジプトなどの米輸入国では、輸入米不足への不安が広がって、米価が上昇し、社会不安も増大した。国際米市場が、極めて不安定な均衡の上に成り立っていたことが、明らかとなった。本研究は、こうした不安定な国際米市場の中で、世界有数の稲作地域であり、かつ、主要米輸出地域でもあるインドシナ半島において、どのような変化が起きているのか?について、農業経済史の立場から分析する。特に、米輸出価格が急騰した、米輸出世界第一位のタイ、90年代に急速に生産が回復して米輸出が復活したが、米輸出規制に踏み切らざるをえなかったベトナム、サイクロンによる被害から回復を目指すミャンマーを研究対象とする。第二次世界大戦後、これら三カ国の稲作と米輸出の歴史は、大きく異なる。しかし、インドシナ三大デルタの稲作地帯は、今後も、主要な米輸出地域として、国際米市場の中長期的な安定に重要な役割を果たすことが期待される。そこで、本研究は、第二次世界大戦後から2000年代に至る、およそ半世紀にわたるタイ、ベトナム、ミャンマーの稲作、米価格、米輸出経済の歴史的変化を踏まえ、現状と今後の課題を比較検証する。