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ガヤースッディーン=トゥグルク(Ghayath al-DinTughluq)の墓として,ひろく知られており,トゥグルカーバード城砦の南方,クトゥブ・バーダルプル=ロードの南側にある。附図.J-13
この建物は,自然の岩盤を利用して,その上に構築された,不等辺五角形の小さな城砦の内部の,北西寄りのところに立っている。外辺18.9メートルの四角平面の建物で,西にミヒラーブをそなえ,他の三方に入口を開いている。つよい傾斜をもつ壁面は,赤い砂岩でおおわれ,中央入口のアーチとその周辺や,四つの小窓風の飾りに用いられた白い大理石が,ドームをおおう一面の白大理石とともに,この建物の外観に,効果的な美しさをそえている。内部もまた,壁面の下の部分には赤を,上の部分からドームにつづく面には白をというように,配色への考慮が払われている。赤い砂岩を敷きつめた床面には,3基の墓石が並んでいるが,中央のものが,スルターン=ガヤースッティーンの墓とされ,他の二つは,その妃マフドゥーム=ジャハーンと,その子のスルターンにムハンマド=ビン=トゥグルクの墓と伝えられている。ガヤースッディーンが,ここに葬られたことは,ほとんど疑いないところであろうが,その後継者であるムハンマド=シャーの墓とされるものについては,なお,議論の余地がのこされている。
この建物をとり囲む囲壁は,四つのバスティオンをもち,壁面に狭間の列が並んでいる。囲壁の内部は,多くの小部屋を連ねている。北側のバスティオンの内部には,八角平面の,ザファル=ハーンを葬ったとされる墓建築があり,また,西側のバスティオンの内部にも,同じく,八角平面の建物の痕跡が認められる。さらに,東南のバスティオンは,地下が貯蔵庫となっていたらしい。囲壁の南側には,外側にある井戸から水を汲みあげる施設をもつ部屋がある。この城砦の入口は,北のバスティオンの東側にあり,その前庭とトゥグルカーバードの城砦とは,おそらくは同時代の,橋を思わせる通路によって結ばれている。第Ⅱ期。
東研.Ⅹ-4-1;ASI.Ⅳ-2

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