『アジ研ワールド・トレンド』No.18(1996.12)より転載。
 ヤンゴン古本屋事情
  
 
高橋 昭雄

 ミャンマーではあらゆる出版物は、国家の規制下にあり、印刷者および出版者登録法に基づいて登録した者だけが、印刷物の出版を許される。出版物の販売については、前記法律に規定はないが、政権から見て好ましからざる出版物を販売した場合は、治安維持関係の法律が様々に適用されることになる。

 ヤンゴンで新刊本を販売する店は、所有主体によって大きく国営と民営の二種類に分けることができる。政府の書店では各省庁の統計や経済計画、法律集、各種のレポート等の政府刊行物のほかに、国営出版社で発行された小説や雑誌および「優良な」民間出版社の出版物などが手に入る。

 新刊本を扱う民間の書店は、そもそも新刊本の数が少なく、厳しい検閲のため面白い本も少ないため、一般に小規模であり、古本屋も兼ねているところが多い。だが、最近の経済開放ブームに乗って、経済関係や語学関係の書籍、あるいは外国書籍を専門に扱う書店も登場している。

 しかしミャンマーのことを何か研究するために本を探すということになると、前記二種の新刊書取扱店では不十分である。そこで登場を願うのが、ヤンゴンの書店の圧倒的多数を占める古本屋である。古本屋は店の構えによって大きく三種類に分類できる。第一は既に述べたような新刊書も扱う比較的大きな書店、第二は古本市場の中の店々、そして第三が露天古本屋である。第一の本屋はわりとポピュラーな古本を扱っており、ミャンマーの大まかな歴史や地理を知りたい初心者にはこれでも間に合う。第二のタイプの古本屋の場合、ある程度の専門性を持った小規模な本屋がひとつの市場の中にひしめきあっているので、見つけたい本を探しながら、狭い市場を俳掴すれば用が足りるので便利である。

 だが、第一のタイプも第二の古本屋も場所に縛られているためか、接客に忙しいためか、小回りがきかず、本当に欲しい本をあれこれ細かく注文して探してもらうには不向きである。また、未検閲や販売禁止の本はこうした店では絶対に手に入らない。

 畢尭もっとも頼りになるのが、ミャンマー語で「ランベー・サーオウツ・サイン」(道路脇の本屋)と呼ばれる、第三のタイプの古本屋である。彼らは通常ヤンゴンの下町にあるパンソーダン通り一帯の歩道にござを敷いて本を並べているが、警察の手入れがあったり、政府の特別の行事があったりすると、突然一斉に噂えてしまう。またそのようなことがなくても個人個人は気紛れにあちこち歩いているので、パンソーダンに行けば必ず特定の本屋に会えるというわけではない。

 このように言うと、乞食が本を売っているような情景を想像する向きもあろうが、あに図らんや、国立図書館や大学図書館に本を納入している業者も彼らの中には多数いるのである。彼らはヤンゴンは言うまでもなく全国の愛書家、蔵書家とのコネを持っていて、金銭的な条件さえあえば、店をたたんでまでも、客の注文した本を探してくる。そうした本の中に、公共図書館の判が押されたものが何冊か混ざつているのもご愛敬である。

 わずか100メートルほどの、この古本屋通りを通り抜けるのに、あちこちから声がかかって、何時間も費やすようになると、ちょっと危ない。「旦那、いいしなもんがありまっせ」と腕を捕られてビルの物陰に引き込まれ、「秘」「内部」などと書かれた政府の内部資料や政治批判の発禁本を見せられて、手が震えるようになるともう末期症状である。こうなると古本屋の言い値で資料を買ってしまうようになり、後戻りができなくなってしまう。一生かかっても読み切れないような大量の本を買ってしまうことになるのである。この中毒からはミャンマーを脱出することによってのみ解放される。もっとも、かなりの後遺症は残る。