14/01/08
イスラーム地域研究若手研究者の会
                                                        

佐藤 尚平

 

内容紹介

若手研究者の情熱と課題―イスラーム地域研究若手研究者の会で過ごした3年間

本文

  2010年10月から3年間、イスラームなどに関連した研究を行っている研究者の集まりに関わった。毎月一回、イスラームや西アジア地域の文化や歴史、社会などに関連した研究発表を聞き、議論をするという会である。気鋭の仲間に囲まれて過ごした濃密な時間を振り返りながら、若手研究者たちが何に情熱を傾けているか、どのような課題を抱えているかを紹介したい。

  「イスラーム地域研究若手研究者の会」は、週末に開かれる。場所は、東京大学の本郷キャンパスか、早稲田大学の早稲田キャンパスが多い。静まり返ったキャンパス、収容数20人前後の教室に、学生や大学関係者のみならず、実務家やジャーナリストなど多岐にわたる参加者が集う。発表者は主に博士課程の学生で、中には10ページを超えるレジュメを準備してくる猛者もいる。発表のテーマや方法論は様々だが、必ずそれに対して専門的なコメントを加えられる研究者を招待する。このコメンテーターをどなたにお願いするかが、幹事一同の悩みの種でもあり腕の見せ所でもある。

  ほぼ毎月開かれるこの例会、開始時刻は午後2時。まず、報告者から1時間前後の研究発表。続いて、休憩を挟んでコメンテーターからの専門的な解説とコメント。その後、フロアからの質疑応答が終わる頃には5時を過ぎ、さらに懇親会で夜まで議論は続く。この長いプログラム、何人かの研究発表に充てられるのではない。この全てが、たった一人の発表のために費やされるのである。巨大な国際学会では、一人につき10分程度しか発表時間が与えられないこともある。それに比べると、まさにフルコースの一日である。舌鋒鋭い者たちが忌憚のない意見を交わす。議論が白熱するあまり緊張感が走ることもあるが、濃密な一日を過ごした後、自然と絆も深まる。

  毎月の例会でどのような発表が行われているか、その具体的な内容についてはホームページを参照されたい。ここでは、筆者のわずかな経験から、若手と呼ばれる研究者たちが何に情熱を傾けているか、どのような課題を抱えているかについて簡単に紹介したい。

  これまでの3年間で強く実感したのは、学際的な研究の重要性と難しさである。研究会の全体テーマ自体が学際的に設計されているためもあるのだろうが、参加者の多くが、学際的な関心を強く持っている印象を受けた。いわゆる学際的な研究を志している者もいれば、自分自身の研究分野は明確に定義しつつも他の分野の成果を積極的に学びたいという意欲を持っている者もいる。同時に、「イスラーム地域研究」と言ってもその内容は様々である。イスラームや西アジア地域の文化や歴史、社会などに関連する様々なテーマ、方法論も考古学から政治学まで多岐に及ぶ。他の分野に対して意味のある発信を行うことは必ずしも容易ではない。これは古典的な課題なのかもしれないが、筆者自身、発表者としても、コメンテーターとしても、幹事としても、改めて実感する場面が多かった。

  もう一つ、若手研究者の関心事として避けて通れないのが就職の問題である。そもそも「若手研究者」という言葉は、表面的には年齢や研究水準を指しているようで、本当に問題にしているのは職位であると思う。きわめて優れた研究成果を挙げている者が、形式的な用件を満たさないだけで適当な職を得ることが出来ないのは、学問的な損失である。例えば本を買う時に、「ふむふむ。この著者は〇年間かけて××の学位を取得しているな。ではきっと優れた研究なのだろう」と考える人がどれだけいるのだろうか。たしかに行政的には、分野を超えて一律の尺度で様々な研究をランク付けすることが必要な場面もあるだろう。しかし、日本の人文系・社会系の学問に独特の強さがあるとすれば、それは定量的には測り尽くせない質と蓄積の中にあるのではなかろうか。語彙も文法も大きく異なる言語をいくつも操り、世界中で調査を行い、世界の研究に根源的な挑戦を突きつけんと思索を重ねる研究者たちを見てきた実感である。




さとう しょうへい 金沢大学 人間社会研究域法学系 准教授