11/12/09
関西中国書画コレクションの意義を考える ―平成23年度 黒川古文化研究所の展観を担当して―
                                                        

竹浪 遠

 

内容紹介

本年(2011)、中国書画を所蔵する関西の9館において、「関西中国書画コレクション展」が開催されている。その参加館のひとつ黒川古文化研究所の展観を担当して見えてきた、関西地域のコレクションの意義と、今後の研究活動の展望を紹介する。

本文

  黒川古文化研究所は、西宮市にある公益財団法人の研究機関である。大阪で証券業を営んだ黒川家が三代にわたって蒐集した中国と日本の古文化財を収蔵し、春と秋にそれぞれ1ヶ月間の展観を行っている。本年(2011)は中国書画を所蔵する関西の美術館・博物館9館が、1年余りにわたって関係展示を行う「関西中国書画コレクション展」が企画され、本館も参加し二つの展観を開催した。館蔵の書画は数年ごとに展示しているが、中国書画に特化した陳列は1988年の「中国の絵画」展、1991年の「中国の書蹟」展以来である。

春季展「中国書画―受け継がれる伝統美―」

  春季展「中国書画―受け継がれる伝統美―」(4月16日~5月15日)では、館蔵と近年当館に寄託された山岡コレクションの優品を陳列した。当館の中国書画は二代黒川幸七(1871~1938)によって大正から昭和初期に蒐集された。当時中国は辛亥革命前後の混乱期であり、世界中に中国書画が流出していた。これを憂えた京都学派の内藤湖南(1866~1934)の呼びかけに共鳴した関西の政財界の名士によって上野理一コレクション(1848~1919、朝日新聞社主、京都国立博物館に寄贈)、阿部房次郎コレクション(1868~1937、東洋紡績社長、大阪市立美術館に寄贈)、藤井善助コレクション(1873~1943、政治家・実業家、藤井斉成会有鄰館を設立)など多数のコレクションが築かれたが、幸七もその一人であった。

受け継がれる伝統美チラシ

  古典に則しつつ、創造を加えることで豊かな展開を遂げてきたのが中国書画の大きな流れであり、展示ではその伝統性の強さに注目した。書については、「集王聖教序」北宋拓本、清・王澍他「蘭亭序小巻」等の王羲之関連品を冒頭で紹介し、その後に清・沈荃「臨懐素自叙帖」、清・成親王「臨王羲之帖」等の帖学派作品を中心に展示した。絵画は、南宗画の祖である五代・董源の伝称をもつ「寒林重汀図」を起点に、明末・蒋藹「倣董源山水図」、清・上叡「倣李成山水図」などの明清の南宗画を主に選んだ。全52件の作品を陳列して、改めて感じたのは、幸七の蒐集が、帖学派および南宗画を重視した内藤湖南の書画観に強く影響を受けていることである。王羲之などの先人の書蹟を写す「臨書」と董源など宋元の大家の画風に倣う「倣古」作品を多く紹介することができたのも、その故に他ならない。表装も蒐集当時のものが多く、白と淡い青色を基調とした清朝文人好みの淡雅な風合いが展示室全体の雰囲気ともなっていた。

「集王聖教序」北宋拓本

(伝)董源「寒林重汀図」

  一方、山岡氏のコレクションは、高槻市(大阪府)において橋本コレクション(現在、渋谷区立松濤美術館に寄託)を築いた橋本末吉氏(1902~91)の薫陶を受けており、明末清初の江南諸都市の画派を重視する傾向も共通している。金陵派の陳卓「山水図」、武丹「山水図」によって、黒川コレクションに手薄な部分を補完していただいた。また、清・顧大申・朱軒「合璧山水図巻」は、戦前の関西の蒐集図録『考槃社支那名画選 第二集』(文華堂書店、1927年)に紹介されており、今回、同じく顧大申の「渓山詩興図巻」(当館所蔵)とともに陳列することができた。関西の新旧の蒐集が会した今回の展観は、コレクションを継承していくことの重要性を伝える機会ともなったと考える。

受け継がれる伝統美 会場写真

秋季展「中国の花鳥画―彩りに込めた思い―」

  秋季展「中国の花鳥画―彩りに込めた思い―」(10月15日~11月13日)では、花鳥画に焦点をしぼり、その時代変遷とモチーフに込められた意味に注目した。殷・周の玉・青銅器、戦国・漢の鏡鑑、唐の金銀器などの花鳥意匠から始め、宋・明の院体花鳥画を経て、明清の文人花卉画へと至る流れを大まかにではあるが、一室で体感できるよう配慮した。古代の工芸から清の揚州八怪までの約3千年に及ぶ陳列が可能であったのは、幸七が、学問的興味を背景に、資料的な文物までを幅広く蒐集したことによっている。

中国の花鳥画チラシ

  ただ絵画に限ってみれば、明清の南宗画を重視したために、古渡りの宋元画や、浙派の作品がほとんど含まれていない。例外的に明代画院の優作である紀鎮「春苑遊狗図」があるが、これも幸七最晩年になって博文堂の原田悟朗氏から譲り受けたものである。その欠を補うため、京都国立博物館や大阪市立美術館、あるいは近隣の所蔵者から計11点を借用させていただいた。結果的に、明代浙派系花鳥画から明清の文人花卉画、沈南蘋系の花鳥画までを陳列することがかない、職業画家と文人画家の差異や、呂紀から沈南蘋への画風の変化を対比的に紹介し得た。また江戸中後期の南蘋系の作品については、同僚の杉本欣久研究員に担当を願い、岩井江雲「双鶴図」、鶴洲「巌上白鷹図」など、ほとんど未紹介の作品6件を借用させていただいた。今回の借用は、一日で集荷できる範囲という条件のもとであったが、それだけに関西の収蔵の層の厚さを実感した次第である。

紀鎮「春苑遊狗図」

  会期中の11月12日には、関西学院大学博物館開設準備室との共催によって「公開研究会 実物とデジタル画像による文化財考察―中国花鳥画の彩りに迫る―」を開催した。パネラーに西尾歩氏(立命館大学)、塚本麿充氏(東京国立博物館)を迎え、紀鎮「春苑遊狗図」の表現技法や補修の状態、様式や制作年代等を深井純氏(関西学院大学博物館開設準備室)撮影の高精細デジタル画像によって2時間にわたって討論した(当館からは、杉本が司会、筆者がパネラーとして参加)。1点の作品にしぼって、それぞれの見解を、その場の進行に応じて研究者が生の声で論議しあう本形式は、講演会や研究発表よりも闊達な議論が展開できる点で、研究や展覧会活動の活性化にも非常に有効であり、今後も続けて行きたいと考えている。

中国の花鳥画 会場写真

今後への展望―関西中国書画コレクション研究会の活動

  関西には中国書画を収蔵してきた伝統があり、特に近代以降には多くのコレクションが形成されたが、蒐集から約1世紀がたち、当時の記憶も風化しつつある。冒頭にも述べた「関西中国書画コレクション展」は、中国書画を所蔵する関西の美術館・博物館の担当学芸員が、研究と普及を目的に関西中国書画コレクション研究会を発足させ企画したものである。2010年から、月1回のペースで調査を続け、作品の細部はもとより題跋や箱書などの文字情報も撮影し、研究の促進を図っている。調査の進展につれ、一口に関西のコレクターといっても、そこには各人の個性や時代状況が大きく影響していることがはっきりと見えてきた。幸七の場合は、上記の上野、阿部、藤井コレクションに比べると、各時代の諸派を体系的に蒐集しているわけではなく、大家の作も多いとは言えないが、書画にとどまらず、青銅器、鏡鑑、古銭、日本刀等の日中の膨大な美術・考古資料を蒐集したところが最大の特質であり、その根底には文物に対する深い関心があったと考えられる(幸七をはじめとする各コレクターの伝記とその蒐集については、曽布川寛監修、関西中国書画コレクション研究会編『中国書画探訪-関西の収蔵家とその名品―』二玄社、2011年を参照されたい)。他のコレクションとの比較は、自館のコレクションをより深く知ることにもつながる。今後も、収蔵品の特徴を発揮しつつ、寄託、購入、借用も行うことで、学問的にも意義のある魅力的な展観を開催できるよう努めていきたい。
  日本における中国書画研究者の数は減少傾向にあり、一方で博物館に就職してから収蔵品として中国書画を担当するという場合もあり得る。そうした現状のなかで、所蔵館が連携して研究に当たることは、博物館が研究者育成を担うという大きな可能性を持っていると考える。近年、中国書画は、経済的な動向も加わり、国外へと再流出しつつある。それを防ぎコレクターや愛好者の増加へと転じるためにも、コレクションの意義や特徴を検証し、地域のそして我が国の文化財として位置づけていく作業が必要であろう。今後も関西が中国書画の研究においてしかるべき貢献を果たしていけるよう、筆者も微力を尽くしていきたい。

参考

黒川古文化研究所   http://www.kurokawa-institute.or.jp/

「関西中国書画コレクション展」   http://www.kansai-chinese-art.net/




たけなみ はるか 黒川古文化研究所 研究員