04/05/07
 「国益を反映したODA」を考える
 
石田 正美

 2003年8月29日、11年ぶりに改定された「新ODA大綱」が閣議決定された。ODA大綱改定に際しては、開発専門家、国際機関経験者、NGO、経済界、ジャーナリストなどをメンバーとする「ODA総合戦略会議」が組織されたうえで、議論が進められる一方、インターネットを通じたパブリック・コメントを受け付けるなど、国民各層の幅広い意見が検討された。その際、最も議論となったのが「国益を反映したODA」であった。

 ODAに国益を反映させるべきであるとの意見が出されるようになった背景を考えると、第一に、最近でこそ景気が回復しているものの、バブル経済崩壊後に国内不況が長引き、また国内の社会資本や生活環境がまだ必ずしも十分ではないなかで、なぜODAを増額しなければならないのかとの声が納税者である一部の国民からあがってきたことが挙げられる。また、第二に日本のODAで「ひも付き」援助から「アンタイド」化が進むなかで、日本企業の円借款受注率が低下し、一部経済界などからODAに日本の技術を使うべきであるとの意見が出されたことがある。しかし、他方で「国際社会の平和と発展への貢献」という従来からのODAの理念が、国益を第一義にすることで後退せざるを得なくなることを懸念する声も依然として根強い。

 こうしたなか、「ODA大綱」の改定が進められるなかで、「国益」という概念が「国家の利益」か「国民の利益」なのかといった点が議論された。この議論に関しては、「国益」が「国家の利益」であるとすると、「国家=現政権」と解釈され、誤解されやすいとされ、「国家の利益」であるとする考えは退けられた。そして、実際の「新ODA大綱」では、「国民の利益」をより具体的な文語として「わが国の安全と繁栄」との表現にしたうえで、「ODAの目的」に書き加えられることとなった。

 こうして「ODAに国益を反映させる」ということが、非明示的ながらも「ODAの目的」に加えられた。さて、いささか前置きが長くなってしまったが、筆者は2003年度、日本の最大の援助供与国の一つであるインドネシアへの援助に関し、「国益を反映した援助」という問題意識を念頭にした調査に1年間関わった。しかし、実際のところ「ODAに国益をいかに反映させるか」という質問に対し、筆者自身も明確な答を持っていたわけではない。そこで、この小稿では、筆者の約1年間の経験に基づき、国益を反映したODAの類型を示し、ODAに国益を反映させることの是非について論じることとしたい。

 国益を反映したODAの類型の第一は、外務省がこれまで「ODA白書」などで繰り返してきた「ODAを通じた国際秩序の安定」の論理と「外交手段としてのODA」の論理である。すなわち、前者はODAを通じて途上国の経済・社会が発展すれば、途上国ならびにその周辺地域の安定化により、国際社会の秩序が保たれ、そのことが貿易・投資立国である日本にとっての国益になるとの論理である。また、後者は、ODAを通じて途上国の経済・社会発展に寄与することが、途上国の日本に対する信頼性を高め、日本の外交活動を行っていくうえでの環境整備になるとの考えである。

 第二は、日本でこれまで育まれてきた技術、経験や知見、人材を幅広く活用することである。ODAの供与に際し、日本の企業が開発した機材や技術を活用することを条件付けると「ODAのタイド化」を意味することになるが、新ODA大綱ではより幅広い観点からの「ODAへの国民参加」を呼びかけている。こうしたODAへの国民の幅広い参加は、日本にとっても雇用などの面でプラスになる。実際のところ、これまで集団健康診断や母子手帳の導入、省エネルギー、公害の克服などは日本の経験の活用としてODAで実施されてきており、地方自治体ベースでも地場産業の技術者や農業専門家を派遣することが試みられている。さらに、昨今支援活動が活発化している現地の事情に精通したNGOの活用も、途上国のみならず、幅広い国民の利益になる。

 第三は、日本が円借款などを通じて資金を貸している途上国に、返済を円滑化させるため、途上国の輸出を促進することで、外貨準備高の増加を促す援助である。周知の通り、日本は途上国に多額の資金を貸し出しており、他方で借り手である途上国の間では累積債務問題を抱えた国も少なくない。こうしたなか、途上国の産品の輸出拡大を支援することで、途上国から日本への返済の円滑化を促すことは、途上国にとっても債務の軽減につながり、日本の納税者である国民の利益にも合致している。

 第四は、日本企業の海外子会社が2003年時点で13,332社にも上り、このうちアジア地域が7,009社で52.6%を占めるなか、海外で活躍する日系企業ないしは途上国との貿易に従事する日本企業を幅広く支援することも、途上国のみならず、国民の利益に合致したものと言える。

 特にアジア諸国を中心に日本が従来支援してきた道路や鉄道、港湾、空港、通信などの運輸・通信部門や電力などの経済インフラは、アジア諸国で操業する日系企業の投資環境の改善に結びついた。また、AOTSJICAなどの事業を通じた途上国の技術者や管理者の日本での研修、JODCとJICAなどが行ってきた日本からの専門家派遣事業を通じた人材育成も、途上国の「人づくり」に貢献してきた。こうした途上国での投資環境改善と労働者の技術向上は、日系企業など外国企業の新たな投資の呼び水となり、とりわけ中国とASEANをはじめとする東アジア地域では、日本企業の貿易・投資とODAとが三位一体となり、投資と輸出の拡大を通じ、同地域の経済発展に貢献した。

 実際、アフリカやラテン・アフリカ諸国などと比べても東アジア地域における貧困削減の達成度が顕著であることは、この点と無関係ではあるまい。さらに、筆者は2003年夏にインドネシアで操業する日系企業約20社を対象にODAについてのニーズを尋ねたところ、人材育成と答えた企業が最も多く、次いで道路や港湾をはじめとする経済インフラの整備との回答が多かった。したがって、人材育成と経済インフラ支援に対する援助ニーズは、現地日系企業の間でも依然として高い。しかし、他方で日本のODAの資金が供与された後、実施されるまでにプロジェクトに関与した現地関係者の財布に入るなど汚職に対する疑念も根強く、「ODAの資金が現地の人間に“抜かれる”ぐらいなら、与えない方が良い」との声も聞かれた。

 このほか、貿易・投資の支援との関連で、知的財産の適切な保護、基準認証制度の整備、物流の効率化のための制度・整備と人材育成が、現在進められている。まず、知的財産の適切な保護は、途上国でのコピー商品対策に追われる日本企業にとっては間接的ながらプラスになる。また、基準認証制度の整備は、日本の基準が途上国で採用されれば、その国で操業する日系企業、またはその国に製品を輸出する日本企業にとっては、日本と同じ基準に従うという意味で、余分な配慮が不要となろう。

 さらに、物流の制度支援は、日本とASEAN、中国との間で、部品や半製品の取引が活発化するなかで、空港や港湾、陸路の輸送が効率的であれば、生産プロセスの時間が節約される。特に、IT関連商品は商品のライフサイクルが短く、パソコンの場合、その価格は1カ月に17%も下落するとも言われ、その意味からも製品を受注して納品するまでのリード・タイム、部材を発注して納品されるまでのリード・タイムの短縮化に繋がる物流の効率化は重要なポイントである。

 さらに、第五として、地球規模での全市民にとっての利益は国民の利益でもあるとの論理に従えば、地球環境の保全、またはSARSやエイズなどの感染症対策、日本から海外への渡航者が増えるなかでの「平和の構築」を通じた治安の維持は、国民の利益に合致したものと言えよう。

* * *

 以上、筆者の経験に基づき「国益を反映した援助」の類型を示してきた。ここで結びとして、「国益を反映したODA」の是非を論じることとしたい。

 まず、ODAに国益を反映させるという点に関しては、援助を受け入れる途上国の利益が侵害されない限りにおいては、国益を反映させることはより望ましいと思われる。ただし、国益を反映させるに際しては、守らなくてはならない原則がある。

 第一は、援助が日本の押し付けではなく、また途上国の負担にならない点である。特にプロジェクト関連の円借款で、日本の技術や機材を用いること自体、その技術や機材が費用対効果の面で優れている限りでは望ましいと言えるが、受入国が累積債務を抱えているような場合、費用面での負担が重くならないよう配慮がされるべきであろう。また、日本とともに他の先進国も途上国に基準・認証などの支援をする場合、受け入れる側に無駄と混乱が生じないよう、先進国間で調整することが求められよう。

 第二は、日本国民の幅広い層から専門家を派遣することは今後大いに望まれる点であるが、援助を受け入れる途上国に同等水準の技術者や専門家がいる場合は、現地の人間を活用すべきであろう。

 第三は、途上国の日系企業に直接的ないし間接的にプラスとなる援助は望ましいと言えるが、特定の企業ないしは特定の部門の企業の利益に偏らないよう配慮すべきである。

 第四に、東アジア地域の途上国で、日本からの貿易・投資・援助の面での経済協力が、雇用を促し、経済と社会の発展をもたらしたことはほぼ間違いないが、インドネシアの離島や中国内陸部のように、貿易や投資の恩恵が伝わり難い地域、またはサブサハラ・アフリカのように貿易や投資の対象とはなり難い国も存在することに留意すべきであろう。その点では、国益を反映させることに重点が置かれるあまり、人道主義的な見地からの援助が軽視されてはならない。

 そして、最後に援助を受け入れる国に「日本は、ODAで国益を反映させることばかり考えている。」と言われないことであろう。こうした評価が途上国から下されること自体、日本の国益にとってマイナスである。その意味ではODAに国益を反映させるといっても、適度なバランスが求められるのである。


石田正美(いしだ まさみ) 独立法人 日本貿易振興機構 アジア経済研究所