04/04/12
 1冊の写本に向き合うことから分かるもの
        −ペルシア語写本研究の問題と新たな可能性−
 
渡部 良子
1. イラン・イスラーム史研究における写本史料利用の現状と問題

 現在のイラン・イスラーム史研究(またはより広く、西アジア・中央アジア・南アジア等のペルシア語史料が残る領域の歴史研究)では、未刊行写本史料の利用が、ごく一般的なことになってきていると思われる。研究の深化とともに校訂刊行史料の不備・欠陥が無視し得なくなったこと、年代記・史書を中心とする刊行文献以外の新史料を開拓する必要がいや増していることがその大きな理由だが、同時に、日本でペルシア語写本史料が比較的利用しやすくなっているという現状の影響も大きい。

 国内で参照できる写本マイクロフィルムの蓄積も増加しつつある一方、研究者同士の情報交換やネットワークの利用により、イラン現地の写本所蔵機関での調査も以前に比べ格段に容易になっている。やや大げさに言えば、10年ほど前には単身の旅行、ビザの取得も困難だという認識が普通だったのが、今では大学院生でも容易にイランに赴き写本の複写CDを取ってくることができる。校訂刊行史料が乏しかった時代、写本史料の利用は当たり前だったのだが、現在はまた異なる事情から、写本への関心が高まっていると思われるのである。

 しかし、このような状況において、写本史料を利用する上での方法論は、どれほど整備され、共有されているだろうか。ペルシア語に限らず、広く日本におけるアラビア語・ペルシア語・トルコ語イスラーム写本の研究状況を見渡すと、間野英二氏、家島彦一氏による写本校訂の傑出した業績がある一方(『バーブル・ナーマの研究』松香堂, 1995-2001/イブン・バットゥータ『大旅行記』平凡社, 1996-2002.)、若手研究者からも写本を用いた優れた研究が出されており、その水準は相当のものであるといえる。また、日本におけるペルシア語写本研究の重要な業績としては、『集史』写本研究が挙げられよう。しかし全体として、写本分析は研究者個々人の力量にかかっており、また写本研究の目的が校訂=原テキストの再構成というオーソドックスな方向性を持つ場合、写本の来歴・性質を割り出す根拠や紙・インク・装丁・筆跡などの物理的特徴に関する様々なデータは、切り捨てられるとまではゆかなくとも裏に隠れてしまう。

 むろん、手書き写本や文書の分析が最も必要とするのは研鑽と経験であることは言うまでもない。が、その経験の中から得られた写本解読に役立つデータ又は理論を、万人に参照可能な形で蓄積する努力は、日本に限らず、世界的にも充分になされてきたとは言いがたい。極端な比較かもしれないが、幾多もの手引書・理論書を備えた日本史の古文書学と比べた場合、イスラーム写本研究がいまだ危うい基盤の上に立っていることが分かる。


2. 日本、イランにおけるペルシア語写本学整備の動き

 私もこの数年、13-14世紀モンゴル時代のペルシア語書簡術指南書・書簡集という写本史料の解読に携わってきたが、多様な写本の分析を行う上で確たる方法論もなく、頼りになるのは自らが掻き集めた情報と乏しい経験のみという状態に悩み、疑問を感じることが多かった。そのため、現在起こっているある動き、写本研究に必要な知識を蓄積し、その方法論を整えてゆこうとする動きに、強い関心を抱いているところである。

 すでに研究者・学生の間ではよく知られているプロジェクトであるが、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同プロジェクト「イスラーム写本・文書資料の総合的研究」(主査・羽田亨一氏)は、日本各地で行われている写本学・古文書学研究をネットワーク化し、相互の知見を交換することを目的とした研究会を開催している。アラビア語・ペルシア語・トルコ語の写本・文書研究に携わってきた研究者が報告を行い、討論の中で他分野の研究者から異なる知見がつけ加えられるという形で、写本・文書研究の現場にいなければ分からない知識・情報がいわばランダムに積み重ねられ、共有されてゆく、刺激的な情報交換の場となっている。また、写本研究ではないが、京都外国語大学堀川徹氏らが行われている「中央アジア古文書セミナー」にも、同じ潮流に属する重要な意義を感じる。写本や古文書の利用が一般化する中、これまで個々人の研鑽に拠ってきた写本学・古文書学の知識・方法論を開かれたものとし、史料解読の基礎的能力を強化しようとするこれらの努力は、最も必要とされているものだろう。

 同様に、ペルシア語写本研究の現場イランにおいてなされている興味深い活動として、国際的イスラーム写本研究誌『Na^meh-ye Baha^resta^n』の刊行がある。

 イランの主要な写本所蔵館の1つである議会図書館(Keta^bkha^ne-ye Majles-e Sho^ra^-ye Esla^mi^)は、写本目録作成学(fehrest-nevi^si^)のマニュアルや高名な写本研究者(M. T. Da^neshpazhu^h、A.-H. Ha^'eri^、A. Monzavi^など)の論文集『Hadi^th-e Eshq』シリーズの刊行など、写本研究に関する出版活動も盛んに行っている。『Na^meh-ye Baha^resta^n』は議会図書館が2000年から発行を始めた写本学(noskhe-shena^si^)の専門誌である。

 過去に刊行されたイランの写本研究専門誌というと、テヘラン大学刊行の『Noskhe-ha^-ye Khatti^-ye Fa^rsi^』が挙げられる。Da^neshpazhu^hら当時の写本研究の第一人者の手になる『Noskhe-ha^』は、各国各図書館・写本所蔵館が蔵するペルシア語写本の書誌情報を膨大に蒐集した、目録的な性格の雑誌であった。それに対して、『Baha^resta^n』は、紙・インクなどの写本の物質的な要素・書写から装飾・装丁に至る写本作成過程に関する総合的研究と、情報の蓄積に力を注いでいる。既刊の論文のテーマを概観すると:

(1) 写本作成に関する歴史文献(書道・書記術・装丁技術・インク作成などに関する技術書)の校訂・翻訳
(2) 写本学:装丁・装飾技術とその担い手、写本関連術語、写本上の記号など、写本製造に関する歴史的研究/写本製造の材料・用具の研究/所有・売買など写本の移動に関する研究
(3) 貴重写本の紹介・研究
(4) 新紹介写本の目録
(5) 写本研究関連新刊図書リスト

 この他、古文書研究、印刷史、ヨーロッパ写本との比較研究などもあり、イスラーム写本に関する欧米の論文の翻訳もかなり入っている。研究の方向性やレベルは様々であり、すべてが写本解読の実践に直接に役立つわけではないが、書道・絵画技術書を紹介する(1)や写本製造の担い手の研究などは、写本・書物をめぐる文化史研究としての価値がある。

 本誌の特徴は、欧米の研究ではもっぱら美術史の分野で行われていたイスラーム書道・イスラーム写本装丁研究などを写本学の下に統合し、物質的な諸条件を含む多様な要素から成り立つものとして、「写本学」を構築しようとしている点であろう。今までそのようなことも行われてこなかったのかと、書物史・出版史研究が進んだ地域の研究者から驚きの声が聞こえるようであるが、従来のイスラーム・ペルシア語写本研究がそのような総合的な視角を備えてこなかったという意味では、無論ない。私見であるが、『Baha^resta^n』刊行の意義は、経験主義、職人技の伝統の上にあったイランの写本研究の技術を、より開かれた共有の知識とし、写本学の方法論を顕在化させようとしていることにあるのではないかと思う。現在イランで最も高名な写本研究者I. Afsha^r氏が本誌に関わり、長年の経験に基づく写本分析の知識に関しいくつもの論考を発表しているのは、極めて重要であるとともに、象徴的なことにも感じられる。経験主義から明確な方法論へ、本国イランにおける写本研究も変化しつつあるように思われるのである。


3. 1冊の写本に向き合うことから分かるもの
            ----ペルシア語写本研究の新しい可能性


 多くの場合、写本を扱う目的は緻密な史料批判による原テキストの再構成であり、現存する写本を可能な限り網羅的に蒐集することが必要になる。重要なのはテキストであり、写本ではない。が、テキストではなく写本自体が、極めて重要な価値を持つこともある。これまでそのような扱いを受けてきた写本は、宮廷工房で作成された美術品としての価値もある豪華写本などであったが、美術的価値はなくとも、なぜこのような写本が作成されたのか、その成立自体が時代史的な示唆に富む写本も存在する。

 イスラーム・ペルシア語写本には、majmu^'e、jong、safi^neなどと呼ばれる複数作品を併録した集成写本が膨大にある(共通の写本形態を持つアラビア語・トルコ語写本でも同様であろう)。写本で複数作品が合本されるのは極めて一般的なことであるが、時には何十もの雑多な作品を図書館のように綴じ込んでいる写本もあり、当時の読書形態を表していて興味深い。テヘラン大学のSefat-Gol氏は、これまで必要なテキスト部分のみを抜き出す対象だった集成写本そのものを文化史的な研究の対象とする論考を出しているが(N. Kondo ed. Persian Documents: Social History of Iran and Turan in 15th-19th Centuries, Routledge, 2003)、これは今後の写本研究に可能な方向性として、興味深い選択肢の1つであろう。そしてその可能性と課題は、2003年に刊行された集成写本ファクシミリ版『Safi^ne-ye Tabri^z』に、象徴的に示されていると思われる。

 Markaz-e Nashr-e Da^neshga^hi^は、ファクシミリ・シリーズ(Keta^b-ha^-ye cha^p-e aksi^)として貴重写本の写真版の出版を行ってきたが、その最新刊『Safi^ne-ye Tabri^z』は、ヒジュラ暦721-736/ 1321-1336年に、当時のモンゴル政権イルハン朝の中心都市タブリーズで1知識人により筆写された198点の作品からなる集成写本のカラー写真版である(原写本は議会図書館所蔵)。その内容はハディース学、イスラーム法学、神学、スーフィズム、論理学、医学・天文学などの諸科学(いわゆるイスラーム以前の諸学)、アラビア語言語学に始まり詩・書簡術に及ぶ文芸諸学と、イスラームの伝統に即した学問体系をほぼ完全に網羅している。シャーナーメやガザーリーなど古典的な作品も多いが、写字生自身の著作や写字生の師、当時タブリーズに生きたスーフィー、知識人の作品も少なくない。

 また、ほぼすべての作品には書写終了の日付と時間までが記してある。現在の写本はイスラーム諸学・文芸諸学・諸科学という配列になっているのだが、監修者のHa^'eri^氏が作成した書写年月日のタイムテーブルを参照すると、368 foll.の作品はほとんどヒジュラ暦720年、722年末から723年はじめの2期に分けて集中的に書写され、まず第1期に文芸諸学に関する諸文献を集中的に書写し、イスラーム諸学の文献を広く蒐集し始めたのは第2期以降であったことが明らかになる。

 すなわち、『Safi^ne-ye Tabri^z』は、当時のイラン高原の文化的中心地であったタブリーズにおいて、どのような学術的文献が流布し、読まれていたのかを伝えるだけではなく、その文献がどのように書写・蒐集されたのかという過程をも示す、極めて貴重な写本なのである。

 2003年春、私はテヘランを訪れたのだが、13-14世紀モンゴル時代を研究する友人達の間で、『Safi^ne-ye Tabri^z』の刊行は1つの事件になっていた。友人達と会う度に上る話題は『Safi^ne-ye Tabri^z』であり、この写本をどのように分析して行くべきか、何が引き出しうるかを盛んに話し合った。例えば、書写作業はどのように行われたか(1日の書写量、書写の時間帯、季節による変化----断食月は明らかに書写量が減少する)、作品の選択の理由(叙事詩シャーナーメの抜粋は当時の流行と関連があるか、など)、イルハン朝の体制的著述家でイデオローグであったラシードゥッディーンの著作が(タブリーズには相当数流布していたと考えられるのに)皆無なのは、時の状況(数年前に一族とともに粛清され、復権までにまだ間があった)を反映しているのか、などなど。とりとめがないとも言えるが、この写本によって示される研究テーマが極めて多様であることは、疑いようもないことであった。

 無論、『Safi^ne-ye Tabri^z』研究には問題もある。類似の写本が無く、『Safi^ne-ye Tabri^z』から導き出しうる情報がどれほど一般化できるか分からないことである。しかし、収録作品を1点1点調査し、他の同時代写本における個々の作品の流布状況と比較するなどして、『Safi^ne-ye Tabri^z』が編纂された背景にある14世紀初頭タブリーズの知的環境を再構成することは、決して不可能ではないと思われる。ただし、この作業は、単独・短期間ではできない。なにしろ、イスラーム諸学の全ジャンルを網羅しているのである。法学・哲学・文学・歴史学などの多分野の専門家が関わり、時間を掛けて発見を積み重ねてゆくことによって、初めて可能になるだろう。私も、自身のペルシア語書記術・書簡術研究への関心から、『Safi^ne-ye Tabri^z』に収録された書簡作品がイルハン朝期における書簡作品の流布と流行を反映していることを明らかにし、上述のイスラーム写本・文書研究会で報告の機会をいただいた時、言及した。その成果はまだ形にしていないが、できることならばイランに戻し、『Safi^ne-ye Tabri^z』研究の一端に加えるようにしたいと思っている。

 ペルシア語写本史料が身近になっている現在、写本分析の方法論をどのように組み立て、発展させてゆくべきか。現地研究者のようにペルシア語を読みこなすわけではない私達日本の研究者がペルシア語写本史料の発掘・研究にどのように関わり、貢献することができるのかということも含めて、より自覚的に考えてゆかなければならない。1つの方法は、写本研究に関する知識を広く開放してゆこうとする動きに、積極的に参加してゆくことだろう。またその過程で、テキスト校訂の厳正さを守りつつ、ある時代・地域の独自の環境の中で成立した個々の写本が伝える情報を多面的に汲み取ってゆく方法を考えてゆくことも、必要である。しかしいずれにせよ、最も忘れてはならないのは、1点1点の写本に時間を掛けて向き合うという基本的な姿勢であろうと、自戒とともに考えている。

(日本学術振興会特別研究員)