03/10/14
 現代イスラームへの視点−原理主義とスーフィズム
 
赤堀 雅幸

 イスラームといえば原理主義、原理主義といえばイスラーム。この四半世紀ほどの間に、世界がイスラームに向けてきた視線は、単純化すれば、この一言にくくられてしまうだろう。

 1979年のイラン革命以来、イスラーム法の実現を旗印とする政治勢力が、政権を掌握もしくは掌握しそうになったスーダンやアルジェリア、アフガニスタンの例から、エジプトのサーダート前大統領暗殺(1981年)、ルクソールの乱射事件(1996年)、9.11のいわゆる同時多発テロ(2001年)まで、多数の政治運動や武力行使が、「イスラーム原理主義」の名の下に分類され、解説されてきた。

 そうした時代の状況に応じて、実に多くの研究がイスラーム原理主義についてなされ、その結果、政治的宗教的運動してのイスラーム原理主義の理解は、1990年代後半には一応のまとまりをみたと言ってよいだろう。

 これに携わったのは、現代思想研究者や政治学者、歴史学者、地域研究者など様々だが、人類学者の貢献も小さくはない。ギアーツは1968年の著作『二つのイスラーム社会』(C. ギーアツ著、林武訳、1973年、岩波書店)で早くも来るべき原理主義的状況を予見し、現在から見てもかなりまっとうな解釈を示しているし、女性の自発的なヴェイル着用や、草の根の信仰の高まりに関するいくつもの研究は、「イスラーム原理主義」に関する巨視的で便宜的な理解の誤りを指摘するという、人類学にふさわしい役割を果たしてきた。

 これらの研究が示したイスラーム原理主義の要点は、次のようにまとめることができる。第一に、イスラーム原理主義の担い手が、反近代的な復古主義者などではまったくなく、近代的な教育を受け、その上で、西洋的近代に抗して、独自のイスラーム的近代を志向する立場をとっていること。第二に、上述の志向は、個人の心構えから、教育や経済を中心とした運動、合法的な政治活動、さらには先鋭化した武力闘争まで、きわめて幅広い形で実現されており、テロルやクーデターは、その中の一部にしかすぎないこと。第三に、イスラーム原理主義は1970年代広範に突如として立ち現れたわけではなく、それはイスラーム世界が西洋近代を受容する19世紀以来の歴史のなかに位置づけられること。その意味では、イスラーム原理主義の起こりとその後の展開は、日本を含めた非西洋諸国の近代化の流れのなかに理解されること。そして第四に、イスラーム原理主義に類する運動は、1960年代くらいから近代的価値への異議申し立てとして、イスラーム世界に限らず、様々な形で世界各地に生起しており、それはいわば近代というひとつの時代のたそがれを彩る動きであること。

 しかし、こうした理解の確立にもかかわらず、マスメディアなどにおいては、イスラームと原理主義を等価であるかのように語る議論は、なお盛んであるし、パレスティナ問題やイラクのサッダーム政権をイスラーム原理主義を軸として語る、いささか的はずれとしか思われない議論も依然として衰えない。ここにあるのは、「原理主義」に関する、イスラーム研究者の理解と社会一般の了解との大きなずれである。その結果として、学問的にはかなり完結してしまった問題であっても、それが現代世界の政治や経済に深く関わるために、研究者が発言を止めるわけにはいかない責任と状況がなお存在し続けることとなっている。人類学の場合には、長らく看過されてきたイスラーム研究の分野が1960年代末から次第に取り組まれるようになった背景に、「国民国家」や「近代」といった主題に人類学が取り組む動きや、知識と学問の政治性や権力性を吟味する姿勢がある(先頃亡くなったエドワード・サイードの大きな影響を認めないわけにはいかない。氏の冥福を祈る。)だけに、「原理主義」は、およそ避けては通れない主題となっている。

 というわけで、イスラームの現代を検討するにあたって、「原理主義」についてなお論じる必要があるのは紛れもない事実であるが、しかし、その一方で、いつまでもこれにとどまっていてよいのか、という反省も、ようやくここ数年の間に形をなしてきている。

 今のところ、どのような方向性が見えてくるかは定かではないが、注目されるのは、現代のスーフィズムを検討する作業である。

 「イスラーム神秘主義」としばしば呼ばれてきたこの信仰と実践のあり方は、前近代において隆盛し、近代に入って衰えたとしばしば論じられてきた(ちょうど宗教そのものについて論じられてきたと同じように、というところがみそである)。ムスリムの間でも、「原理主義」的傾向を持つ者たちからスーフィズムは目の敵にされており、近代知識人をもって自認する者たちからも往々にして冷たい視線を向けられている。これを研究する分野も、どちらかというと古い時代を対象とする思想研究者が中心になっており、人類学ではこれまで、トランスなどの概念を用いる心理人類学的な関心からなされる研究が主流であった。

 しかし、今日なお、スーフィズムが脈々と生き続け、近代化の荒波にさらされるムスリムの民衆を引きつけて止まない事実は、人類学を含む現代のイスラーム研究にとって、けして見過ごすことのできる状況ではない。そして、ようやくいくつかの成果が現れるようになってきたその研究は、スーフィズムが「原理主義」とは異なる形で、「近代」に相対し、人々に時代と折り合いをつけ、あるいは時代を超えていこうとする契機を与えてきたことを示唆している。

 これまで「原理主義」を論ずる議論においては、西洋近代を受容する過程において、正しいイスラームが近代化に必要と考える「サラフィー主義」の立場(それは後にある種のねじれをもって「原理主義」へとつながっていく)と、イスラームは不要と考える世俗主義(とりわけ反宗教的な民族主義)の立場の対抗関係が問題とされてきた。しかし、近代化にあたってイスラームが必要であるとしつつも、そこで求められる「正しいイスラーム」が何であるかについて、サラフィー主義や後の「原理主義」とは異なるスーフィズムの立場が19世紀から存続していることは、あまり注目されてこなかった。

 いわゆる「原理主義」はサラフ(初期世代)の時代に、スーフィズムが不在であったことをもって、スーフィズムを本来の正しいイスラームから排除する。しかし、そこにある極端なまでに理性主義的な傾向は、ある意味では、「原理主義」が西洋近代に対抗しようとしながら、それにしばられていることを示している。「原理主義」が1970年代に急速に力を得ながら、やがて行き詰まりを見せることとなった所以もそのあたりにあるだろう。我田引水のそしりを受けるかもしれないが、その点で精神性に重きをおくスーフィズムの試みは、原理主義とは異なるイスラームの現代と未来を論ずる格好の材料となる可能性を秘めている。

 加えて、現代のスーフィズムを研究することは、イスラームがすなわち原理主義ではなく、また原理主義的イスラームばかりが今日隆盛であるわけではないことを、広く一般に示すことにもつながるだろう。つまり、スーフィズムの研究は「原理主義」の研究から独立しているわけではなく、イスラームがどのように近代を受容し、どのように現代的あり方を模索しているかを、より総合的に理解するための、次のステップとして考えることができるのである。

 今のところ、これは私個人の研究の見通しにすぎない。しかし、1997年から東長靖氏(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)らとともに立ち上げた共同研究では、思想研究者、歴史学者、人類学者が協力して、上述の視点を含んだスーフィズムへの新しいアプローチを試みており、一定の成果を上げつつある。実際、昨年度ドイツで開催された第1回中東研究世界大会で組織したセッションなど、いくつかの国内外でのシンポジウムにおいては、確かな手応えを得ることができた。本格的な成果の公刊は、いよいよ今年度から始まるが、さまざまな分野・地域の研究者からご意見をいただけることを切に願う。

 先にふれたように、人類学による、あるいは人類学を交えたイスラーム研究は、人類学のなかでも、またイスラーム研究のなかでも、比較的新しい分野である。今のところ発展途上の感は否めないが、とりあえず元気のよいのが取り柄のうちだろう。現代イスラームの総体など、普段であれば畏れ多くてなかなか書くことのできる話題ではないが、若さ(私個人のではなく、学問分野としての意味でである)にまかせた大言壮語と、ご容赦いただければ幸いである。