日本の中国研究者は、比較的早い時期から中国と台湾で資料収集と調査を始めたため、中国と台湾に分布する中国関係の資料をいち早く把握することができた。ところが、日本植民地時代に植民地にもたらされた多くの書籍、資料は、いまだに昔の植民地で死蔵されている状況にあり、その利用価値が充分に発揮されているとはいえない。
台湾の場合、日本植民地時代に集められた書籍・資料は、現在、主として国史館台湾文献館（旧台湾省文献会）と国立中央図書館台湾分館と台湾大学総合図書館に保管されている。台湾文献館に収蔵されているのは、台湾総督府档案及び台湾総督府専売局档案を中心とする台湾関係の資料である。また、中央図書館台湾分館と台湾大学総合図書館に収蔵されているのは、主に台湾総督府図書館と台北帝国大学の蔵書である。台湾関係の資料以外に、日本、朝鮮、東南アジア、西アジアに関する貴重な和書、漢籍、洋書も多く残っている。ここで、これらの資料の概観を紹介しながら、アジア研究に如何に貢献することができるかについて考えてみたい。
まず、台湾関係の資料についてみると、近年、台湾史研究が活発化しているのに並行して、台湾関係の資料の整理作業が進んでいる。また、台湾史研究に関係の深い台湾総督府档案や台湾総督府専売局档案、淡新档案などの資料を電子化する作業も行われている。これらの資料が十八世紀から終戦直前までの台湾史を研究するうえで最も重要な資料の一つであることはいうまでもないであろう。また、中国の華南地域と対照することによって、中国の伝統的な社会、経済、法律などの様子をより明確に理解することができる。さらに、植民地時代を対象とする台湾史研究によって日本の植民地史研究を裏付けることも可能だろう。
日本関係の資料に、台湾大学総合図書館に収蔵されている「桃木文庫」、「上田文庫」、「長澤文庫」などの書籍がある。これらは主に日本文学に関するものである。その史料価値の判断は日本文学の研究者に任せることにしたい。琉球王国の外交史研究に欠かせない「歴代宝案」は、すでに多くの研究者に利用されている。その研究成果は、中国史・台湾史・日本史・東南アジア史の研究者に、東アジア・東南アジア地域全体をみわたす視点を持たせることができるであろう。
朝鮮関係の資料の中では、朝鮮総督府の刊行物が最も多いが、ほかに日本人の著書と雑誌もある。1868年の外務省文書のマイクロフィルムも何件か存在する。内容について当時の朝鮮の人口、経済、地理、農業、植物、遺跡、慣習などを中心とする調査が多い。蔵書の数は多いとは言えないが、資料を補充するという意味で朝鮮史研究に何か貢献することができるかもしれない。
東南アジアと南アジア関係資料の収蔵は台湾関係に次ぐ数を所蔵している。それは、台湾がかつて日本帝国の南進政策の先鋒にあったからである。戦前の日本は、台湾を南方研究の中心として、広く中国の東南沿海地域、東南アジア、インドなどの情報を集めていた。現在残っている資料の多くは台湾総督府と南洋協会台湾支部、農商務省、拓務省、満鉄東亜経済調査局、南洋庁、外務省などの機関による編纂物である。個人の著書と雑誌も少なくない。内容としては、政治、法律、商業、金融、貿易、農業、林業、糖業、宗教、文化、華僑など各方面の情報が含まれている。ほかに、台北帝国大学の法文学部言語学教授であった小川尚義の蔵書は台湾大学総合図書館にある「小川文庫」に納まり、主に東南アジアの言語に関する書籍から成る。
西アジア関係の資料については、台湾大学総合図書館の「Huart文庫」にClement Huart(1854-1926)の集めた文献が収蔵されているほかに、未整理の和書もある。
上述した日本殖民時代から台湾に残った書籍と資料は、当時の時代性を反映しながら、地域の様子を伝える好材料であると言ってよいであろう。現在台湾で、多くの研究者は、台湾関係の資料に力を入れている。それに対して、朝鮮関係と東南アジア関係と西アジア関係の資料を積極的に利用する者はほとんど見当たらない。それは、戦後中国史だけを重んじる歴史教育と英語だけの外国語教育がもたらした結果だと思われる。戦後、五十年以上を経過したが、これらの資料は、台湾の人々に無視されただけではなく、日本のアジア研究者にも忘れられたようである。しかし、植民地時代という複雑な時代の歴史像を明らかにするためには、これらの資料の検証が一つの手段であると思う。過去の植民地に分散している日本が残した図書を全面的に調査することによって、日本のアジア研究は今後より高い成果をあげられるのではないだろうか。
| 関連サイト： | ||
| 台湾大学図書館 | http://www.lib.ntu.edu.tw/ | |
| 国立中央図書館台湾分館 | http://www.ncltb.edu.tw/ncltb_c/index.htm | |
| 国史館台湾文献館 | http://www.th.gov.tw/ |