傅增湘先生逝世六十周年紀念展

第II類 西壁図版展示

傅增湘其の人と
東京大学東洋文化研究所・京都大学人文科学研究所

  傅增湘は、一生を読書に費やした人です。大量の版本・抄本を購入し、借閲し、書写し、対校することに殆どの時間と精力を注ぎ込みました。更に、自ら校勘した本や貴重版本を影印出版したり、版本に関する所見をまとめた文章や自分の蔵書の目録なども発表しました。

  数十年の間、莫大な量の貴重書が彼の手の上に載り、その本の上に書かれた気の遠くなる程多くの漢字が、彼の眼と脳と筆を抜けていきました。ホール東壁を埋めるかのように展示した、北京大学所蔵傅增湘関係貴重書の図版をご覧下さい。この圧倒的な力で迫ってくる一行一行の漢字の海が、傅增湘の世界です。

  彼の手と眼を経た貴重書の中には、その後売却されて、東方文化学院の東京・京都二箇所の研究所に購入されたものが有ります。それらの貴重書は、現在、ここ東京大学東洋文化研究所と京都大学人文科学研究所に所蔵されています。

   現在、東京大学東洋文化研究所で特別貴重書に指定されているものの中、傅增湘の旧蔵書は十八部有ります。其の中でも、宋版『儀礼經傳通解』と『礼記釋文』は非常に価値が高く、研究所の鎮庫の宝とも言うべきものです。その他、日本古活字本『鶴林玉露』には、鄧邦述の題記が有り、この善本をめぐる傅增湘との交流の実情が窺えます。

  京都大学人文科学研究所には、傅增湘の旧蔵書が四部有り、其の中の『元親征録』は傅增湘の校勘を経たもので、傅增湘の題記が有ります。又、『明印式』は、傅增湘の蔵書を筆写したものですが、傅增湘の交友関係を伝える興味深い資料です。

  傅增湘は、本と共に生きた人ですが、他に一つだけ楽しみを持っていました。それは、所謂「遊山玩水」です。しばしば旅行に出かけ、旅行記も多数書いて自分で出版したりしています。大量の貴重書の売買を繰り返したりしていることや、旅行の趣味などを併せて見れば、単なる本の虫ではなく、人情世故にも明るく、非常に瀟洒な人物であった、と感じられます。

  ホール西壁に展示した図版の中、油絵の肖像画は、中国の著名な画家徐悲鴻が書いた傅增湘像です。その他数点の写真は、いずれも北京大学図書館から提供されています。

  『元親征録』と『明印式』については、人文科学研究所から詳しい情報の提供を受けています。展示した図版は、人文科学研究所の許可を経て人文科学研究所がネットに公開しているデータベースからダウンロードしました。

  日本古活字本『論語』・『孔子家語』・『鶴林玉露』と『儀礼經傳通解』・『礼書』・『礼記釋文』の書影は、いずれも東洋文化研究所がネットに公開しているデータベースからダウンロードしました。『儀礼經傳通解』・『礼書』のパネルの上方には、東洋文化研究所蔵本に見える傅增湘蔵書印を幾つか並べてみました。蔵書印は、その押し方にも美学が有り、どのような押し方をしているかによって、所蔵者とその本の間の関係も、ある程度は感じ取れるようです。

  北宋版『通典』の詩は、北京大学図書館から提供されたものです。傅增湘は、日本に来たことが有り、現在宮内庁書陵部に蔵される北宋版も眼にしています。

小引——京都、東京部分

  1923年,日本帝國主義開始準備用“庚款”進行“東方文化事業”,經1928年濟南事件之後,於1929年建立“東方文化學院”,下設東京、京都兩研究所。就在1929年,京都研究所購買著名藏書家陶湘的叢書收藏,東京研究所購買杭州官紳徐則恂藏書,其後兩研究所在此基礎上繼續購買古籍,其中包括傅增湘先生的舊藏書。

  1945年日本帝國主義投降之後,京都研究所與其他幾所研究機構合併爲京都大學人文科學研究所,東京研究所的舊藏書及其中多數研究人員編入東京大學東洋文化研究所。因而今日的東京大學東洋文化研究所、京都大學人文科學研究所分別收藏幾部傅增湘舊藏書。

  就目前已確認的範圍而言,東京大學東洋文化研究所有三部宋版書、一部明版書以及十五部日本版本均係傅增湘舊藏書,京都大學人文科學研究所除一部抄本、兩部明版係傅增湘舊藏書之外,又有一部傅增湘手校本以及據傅增湘藏本轉抄的小冊子。

  東京大學東洋文化研究所所藏傅增湘舊藏三部宋版書中,《儀禮經傳通解》可謂極品。五千多葉皇皇巨著,雖經元、明遞修,其足本流傳至今者,臺灣中央圖書館藏本及此本共二部,而中央圖書館本修版較此本更多,是此本實爲此書第一善本。其次,撫州公使庫本《禮記釋文》,現存可知者,除此一帙之外,僅有北圖所藏鐵琴銅劍樓舊藏本。鐵琴銅劍樓舊藏本是原版足本,此帙則多補版,而且有不少補抄。今日既有《再造善本》影印鐵琴銅劍樓舊藏本,此帙自不可謂最貴。然撫州公使庫本原版與補版之文字異同,在版本學上頗堪注意,如今《禮記釋文》補版僅存此帙,是則此帙又當與鐵琴銅劍樓舊藏本並重。其次即《禮書》,雖非珍籍祕寶,要亦不失爲善本。明陳鳳梧刊《儀禮註疏》是《儀禮》註疏第一彙本,在此以前元明《十三經註疏》止有楊復《儀禮圖》,至此本刊行,刻本《十三經》始有賈公彥疏,《十三經註疏》之名始得其實。此事在經學史上殊屬重要,而成此擧者,竟是清人詬稱心學之王陽明弟子陳鳳梧。又,此本是陳鳳梧親自所刊,抑或陳鳳梧獲得別人所刊,亦版本學上未有定論之疑案。因此,阿部吉雄於1936年撰文介紹東方文化學院所藏禮類善本,即以傅增湘舊藏四部爲主,尤其對《儀禮經傳通解》、《禮記釋文》兩書進行深入研究,可見當時他們對這批傅增湘舊藏書是何等重視。數十年之後,阿部隆一對日本收藏宋元版進行全面調查,1983年發表《日本見在宋元版本志經部》,版本鑑定較阿部吉雄更爲詳審。但阿部吉雄的鑑定基本精確,而且對内容也有全面的分析討論,至今仍然有重要參考價值。

  東京大學東洋文化研究所收藏傅增湘舊藏十五部日本版本,包括多部所謂“古活字本”。“古活字本”即豐臣秀吉侵略韓國之後,活字出版技術被引進到日本,用此技術出版的各種典籍。這批活字版往往是在日本首次印刷出版的古籍,文本優良,往往來源於舊傳抄本,因此在文本校勘上頗有價值。楊守敬在日本訪書,對這些日本版本的價值有深刻體會,並且自己購買,也轉賣給中國讀書界。傅增湘於1913年購買這批日本版本,當以爲將來校書之資,由此可見傅增湘收書範圍之廣。

  京都大學人文科學研究所所藏傅增湘舊藏書三部之中,《校正元親征錄》最可珍貴。此書經傅增湘先生手校,數年之後王國維校注此書,亦曾借校此本。《三朝北盟會編》、《廣東通志》、《廣西通志》三書,1930年由書肆文求堂購得,在藏園之前,分別曾經張金吾、沈德壽以及翰林院等收藏,傳藏有緒,亦甚可貴。1918年曹秉章任北洋政府印鑄局局長,於當時施行各類官印有所不滿。翌歲,傅增湘於杭州無意中得《明印式》一冊,遂以示曹,曹氏錄副,即此本。知此本是傅增湘交友之實物見證。

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